ボーダーコリーは, 「理想の牧羊犬を創る」 という一点を目標に,特に選択的な交配が重ねられてきました.犬を使った牧羊が昔ほど盛んではなくなった現代でも,その独特の気質や習性を愛する人たちによって,同じ努力が続けられています.その結果, 「仕事をしたい!」 という欲求が並外れて強く,そのためには骨身を惜しまない犬ができあがりました.自分の能力をフルに発揮して仕事を成し遂げる...それこそが彼らの最高の喜びであり,生きがいでもあります.英語の紹介文の中には, "Workaholic=仕事中毒" という表現まで見られます.
牧羊は一人の羊飼いと牧羊犬たちとの共同作業です.だから,ボス(=羊飼い)とは強い絆を結びたがります.いつでもどこでも一緒に行動し,声や顔色には敏感に反応します.仕事に骨身を惜しまないのは,ボスを喜ばせたいからでもあるのでしょう.
優秀な現役牧羊犬たちでも,ハンドラーが変わると作業しなくなるという話もあります.ある牧場では,羊をバラバラに逃がしてしまうという最悪の事態の寸前までいったそうです.しかたなく,元ハンドラーがヘリコプターで駆けつけ,とりあえず空の上から指示を出してみたところ,犬たちは見違えるように働きだし,無事に群をまとめることができたそうです.まさに,両者の絆の強さを感じさせるエピソードです.
また,ハンドラーの指示に忠実なだけでなく,周りの状況を把握し,判断し,自立的に行動できる知性を持っています.要するに 「自分で考えることができる」 わけです.仕事場(牧場)がだだっ広く,ハンドラーの監視や指示が届かないところでもちゃんと作業する必要があったからだと言われています.周囲の状況や刺激にも敏感なため,"keen intelligence=鋭い知性" と形容されたりします.
もちろん,牧羊という過酷な労働に耐えられるよう,身体能力もたいへん高いレベルにあります.動きの軽快さや俊敏さは各犬種の中でも図抜けています.特に,ターンやジャンプの際のバランス感覚には天性のものがあります.その上,1年365日の長時間作業に耐えるため,(どちらかといえば貧相な外観からは)想像もできないようなスタミナも持っています.まさに犬の中の 「万能トップアスリート」 と言えるでしょう.
起源は良くわかっていません.現在のスコットランドとイングランドの境界(ボーダー)辺りの地方が出身地であると言われています.羊飼いたちが,仕事のための相棒を求めて,粗食に耐えて忠実に働く犬を作り上げてきました.古くからの牧畜犬をベースに,スパニエル,セッター,ポインター,グレイハウンド,ウィペット,ビアデッドコリーなど,多くの犬種の血が入っていると言われています.16世紀の後半には,今のボーダーコリーに似た牧羊犬が,記録の中に登場してきます.
産業革命の前,イギリスで羊毛が産業の中心であった時代は,ボーダーコリーたちが一番活躍していたときかもしれません.牧場では,1頭のボーダーコリーが1ダースの労働者に匹敵するとまで言われました.その後,イギリス本国で牧羊業が廃れるのに従い,オーストラリアやアメリカに新天地を求めたり,19世紀後半から始まったシープドッグトライアルに活躍の場を移すようになってきました.
1893年には 「近代ボーダーコリーの父」 と呼ばれる名犬オールド・ヘンプが誕生し,その傑出した活躍によって,その後のボーダーコリーのスタイルが確立されました.現在,ボーダーコリーと呼ばれる犬たちすべてに,ヘンプの血が入っていると言われています.
ただ,その頃になっても,この優秀な牧羊犬には固有の呼び名がありませんでした.単に 「作業犬」 というくらいの意味で,コリーとかワーキング・コリーなどと総称されていました.1915年になってようやく,世界牧羊犬協会(International SheepDog Society; ISDS)によって 「ボーダーコリー」 と命名されました.
ボーダーコリーはもともと作業能力だけを追求して交配されてきたので,今でもサイズや見かけはさまざまです.ここが,容姿を中心にブリーディングが重ねられてきた,他の多くの犬種と異なるところです.そのせいもあってケンネルクラブで公認されるのは遅く,イギリスKCは1976年,アメリカKCは1980年になってからでした.その後,シープドッグトライアルを始めとする各種ドッグスポーツを通じて人気が上がり,現在では,牧羊以外の使役犬や家庭犬としても広く活躍しています.
ボーダーコリーの習性をざっと紹介してきましたが,そのほとんどが家畜を追うための本能から来ています.これを 「ハーディング本能」 と言います.ボーダーコリーのブリーディングは,まさにこのハーディング本能を保存/強化するためであったと言えます.もちろん個体差は大きいのですが,ハーディング本能の強い個体だと,生後2ヶ月そこそこでアヒルなどを囲い込む行動を見せると言われています.
彼らの家畜追いのスタイルは独特です.羊を誘導するときには,まるで催眠術をかけるかのように,強い意思を込めて相手を睨みつけます.頭を低くして,下から睨み上げるような体勢(クラウチング姿勢)をとります.羊のわずかな動きにも瞬時に反応し,低い姿勢を保ったまま素早く先回りします.視線でうまく誘導できなかった場合は,咆えたり踵に歯を当てたりして,行為をエスカレートさせることもあります.ただし,基本はあくまで 「目の力」 ですので,その仕事ぶりは静かで流れるような印象を与えます.
また,追う対象は羊だけでなく,鳥やいろんな家畜はもちろん,他の犬,猫,子供,虫など,動くものなら何でもまとめようとする傾向があります.この辺は,ちょっと悲しい性(さが)と言えるかも知れません.
ボーダーコリーを家庭犬として迎えるときには,まずこのハーディング本能を念頭に置く必要があります.そして,特に留意したいのが,彼らの 「仕事欲」 と 「繊細さ」 です.
彼らは貧しい食事と劣悪な環境のもとでも,最大限,力を発揮するように作られてきました.仕事には力を惜しみませんが,逆に,自分の知力と身体能力を十分発揮できないと,それが大きなストレスになります.そしてこれが, 「破壊的な」 行動の引き金になることがあります.一旦そうなってしまうと,持ち前のパワー,スタミナ,粘り強さ,賢さ,繊細さなどの長所が災いし,飼い主だけでなく,その周辺にまで不幸をもたらします.
もう一つ重要なのが,彼らの繊細さです.音や視覚的な刺激に過度に敏感であったり,他人や他の犬を恐がったりする性格がよく見られます.そして他人や犬を恐がることが,攻撃行動に転化されることが多いのです(他人に過度に甘えるのも,実は怖さの裏返しだと思われます).家畜の群を守るために,よそ者を警戒する習性が強いのかもしれません.さらに悪いことに,攻撃するときには予兆や警告行動がほとんどなく,瞬間的に相手に飛びかかったり,振り向きざまに歯を当ててしまうといった状況を,よく見聞きします.これも彼ら独特の習性なのかもしれません.
これに関連して注意したいのが,ボス(=飼い主)との絆です.周囲の刺激に過度に敏感なのは,ボスとの絆が希薄であり(少なくとも犬がそう感じており),犬が自分に自信を持ちきれていないことも,原因の一つではないかと考えています.ボスと十分なコミュニケーションが取れなかったり,自分から出したサインをきちんと受けとめてもらえないと,自分の役割や存在に対して不安を感じてしまう,というわけです.それが情緒的な不安定さにつながり,ひいては攻撃行動に転化されることもあります.
また,動くものを追いかける本能が,車,自転車,バイク,走っている人,子供,などに向かうことがよくあります.これを 「追跡本能」 とも言います.他の犬種でも見られますが,牧羊犬や狩猟犬は特にこの本能が強いとされています.その中でもボーダーコリーの場合は,相手が羊の場合と同じように,まず前に回りこんで威嚇し,さらに踵(車の場合はタイア)に食らいついて止めようとします.これがどれほど危険なことか,簡単に想像できるでしょう.実際,交通事故で命を落とすボーダーコリーが後を絶たないと言われています.
これらの性癖を一括りに 「問題行動」 と片づけてしまうことは簡単です.しかし,その一方で彼らは 「そのように作られてきた」 のであって,その要求に応えてきた結果であることも,頭の片隅に留めておきたいものです.
その反面,周囲の刺激に惑わされず,ほどよくストレスが発散できたボーダーコリーは,機嫌良く,従順で,とても静かな犬になります.影のように飼い主に付き添い,声の指示だけでなく気分や感情まで汲みとり,その意思に応えるように行動しようとします.これもハーディング本能の一つの側面と言えます.きめ細かく深い交流を求める飼い主にとっては,最良のパートナーと言えるでしょう.攻撃的な乱暴者か,心優しいパートナーか...この二面性はどの犬にも当てはまることですが,ボーダーコリーの場合は特にそのコントラストが顕著です.
家庭犬の間でも,ドッグスポーツがかなり知られるようになってきました.ボーダーコリーの場合,天性の運動能力と知力によって,アジリティー,フリスビー,フライボール,オベディエンスなど,各種ドッグスポーツや競技は何でもこなします.仕事に対する前向きな態度や,ハンドラーとの強い結びつきが,この世界でも大きなアドバンテージになります.
一般に, 「ボーダーコリーは賢い」 と言われますが,それは 「コマンドを覚えることが早い」 と解釈されがちです.確かに理解力/記憶力に優れており,基本的なコマンドなどは,それこそ2,3回で覚えてしまいます.牧場では,200頭あまりの羊をすべて記憶し,区別して誘導することができると言われています.
ただし,何をもって 「賢い」 とするかは意見の分かれるところです.自分で物を考えそれを表現したり,鋭く飼い主の意図を汲み取るところも得意とするところでしょう.飼い主それぞれが自分の犬の優れたところを見出したり引き出してやることも, 「賢い」 犬と暮らすことの醍醐味だと言えるでしょう.
一般には,頑健で長生きする犬種といわれています.もともと性格は子供っぽく,3歳を超えたくらいからようやく成犬らしい落ち着きを見せる例もあります.比較的高齢になっても,運動レベルは高いと言われており,10歳を超えて現役牧羊犬として活躍するケースも珍しくありません.ただし,高齢時のケアを考える必要があるのは他の犬種と同じであり,例えばスポーツを目的にボーダーコリーを迎える場合は,老後のことも十分に考えておく必要があると思います.
ボーダーコリーのブリーディングは,作業能力の傑出した(特にシープドッグトライアルで好成績を修めた)犬に集中する点が特徴であり,血縁結婚に相当するラインブリードやインブリードも多く試みられてきました.そのせいで,コリーアイや股関節形成不全など,遺伝的疾患も多い犬種と言われています.現在は,家系を綿密に調査した計画的ブリーディングが浸透し,遺伝疾患を少しでも減らす努力が続けられています.その一方で,ブームに便乗した乱繁殖や家庭繁殖による,隠れた危険遺伝子の拡散も心配されています.
ボーダーコリーの体質上の特徴として,その運動量の多さからくる心臓肥大や体脂肪率の低さを挙げることができます.心臓肥大は必ずしも病的なものではなく,人間で言う「スポーツ心臓」のような状態です.ただ,獣医さんがそういった特性を良く知っていないと,心臓病と誤診される可能性もあるので注意が必要です.もちろん,体脂肪率の低さも病気ではありませんが,そのせいで一部の麻酔薬に過敏なことがあると言われています.
また,これはコリー系犬種全般に言われることですが,「血液脳関門」という組織の働きが弱い傾向があります.ここは脳へ流れる血管の入り口にあたり,脳を守るためのフィルターの役目を果たしています.したがって神経終末や脳に作用する薬(特に麻酔薬)を服用する場合には注意を要します.また,てんかんもコリー種に比較的多く見られる疾患ですが,この体質が原因ではないかと言われています.
注意すべき具体的な薬名を,ここで挙げるのは控えたいと思います.ただ,獣医さんを選ぶときは,こういったことを承知されているか否かも,判断基準の一つに入れたいものです.